- 活動報告
- 2026.07.04
オランダ:アンネ•フランク
アンネ•フランクの家
ひめゆり、知覧、靖国とみて、
今、アムステルダムで、アンネフランクの日記をみている。
何故にこのような状況になるのか。
それぞれの正義があるからか、侵略から国を守るからか。侵略せざるを得ない状況だからか。それとも違う何かか。
大きな流れは、私には、理解は出来ない事かもしれない。
しかし、1人の人間の願いには、共通するものがあるように感じた。
アンネは、絶望の状況下でも、
「それでも私は、人の本質は善であると信じています」と書き残した。
そして、自分らしく生きたいと、
一方、同時期の知覧の特攻隊員たちの遺書にも、
「家族や、後世の日本人には、大手を振って自分らしく生きてほしい」
という願いが、数多く綴られている。
立場も国も違うが、極限状態でのその願いの根底にあるのは、
「誰かが、その人らしく生きられる未来」
だったのではないか。
アムステルダムは、貿易によって繁栄し、戦争や占領も経験した街である。
だからこそ、違いを受け入れながら共に生きるという文化を育んできた。
「自由」と「寛容」を大切にするこの街と空を見て歩いていると、
アンネが願った世界に少し近づこうとしているように感じられた。
私がこの国で、
「その人らしく生きる事とは
自分を受け入れ、他者のその人らしさも、尊重出来る事である」
と、感じた。
もちろん広義の意味では、移民問題もありルールやマナーはもちろん大事だが、
狭義の意味での、家族間や他職種、人間関係においても、とても重要な要素である。
アンネは、
「健康には、10の薬より笑顔が一番大事。きっとそういうものだ。」とも言っているが、
アムステルダムの文化やアンネの精神は、
非常に四位一体(こころ、口、栄養、リハ)に通じるものがある。
そう思ったアムステルダムの初日であった。




